知床・世界遺産への道

−知床の景観を考える−













                              2005年6月5日


                     

                       世界遺産総合研究所 所長 古田陽久

                              

 世界遺産委員会の諮問機関である国際自然保護連合(IUCN)が、2005年7月に開催される第29回世界遺産委員会において審査対象となる知床を含む候補地の評価結果をユネスコに提出し、知床については世界自然遺産への登録が適当と勧告しました。

 また、IUCNから知床の世界自然遺産登録後の措置として海域管理計画の早期策定や評価調査団の招致などを我が国に求めるよう併せて勧告されています。

 これらのうち、わが国から提案していた「自然景観」の登録基準には合致しないとしている点は、不満足な点です。

 知床の自然景観の特色は、

  @四季の変化が大きい自然景観が見られること
     春  雪融け、キタコブシ、エゾヤマザクラなどの花の開花、知床五湖のミズバショウ
     夏  海食崖での海鳥のコロニー
     秋  紅葉、河川を遡上するサケ・マスの群れ、捕食するヒグマの様子
     冬  海氷(流氷)、海氷上のアザラシなどの海棲哺乳類
  A海岸線の海触崖や奇岩など独特の美しい景観
  B通年、様々な野生動物の営みを観察できる
  C硫黄山の特異な自然現象

 また、「知床の番屋と羅臼・氷海のスケソウ漁及びワシ類越冬域」の漁場、漁港、海浜の景観は、オホーツク海と知床半島の厳しい自然環境と漁業者など人間が長年培ってきた生業、生活との共同作品ともいえる文化的景観を形成しています。また、大いなる知床(シリエトク)のオクシベツ川流域の環状列石(ストーン・サークル)、先住民族アイヌのコタン(集落)の遺跡、生活用具などの有形民俗文化財、古式舞踊やアイヌ紋様などの無形民俗文化財も、きわめて貴重なものです。

 世界遺産リストに登録されている日本の自然遺産のうち、屋久島は、千年を越す天然杉の原始林、それに、亜熱帯林から亜寒帯林に及ぶ植物の海岸線から山頂までの垂直分布などの生態系と屋久島の自然景観が、白神山地は、世界最大級の広大なブナ原生林の生態系が評価されています。

 IUCNの知床の自然景観に関する評価は、類似する自然景観は他にもあり、世界的に顕著な普遍的価値を有するものではないということになります。

 知床と同じUdvardyの群系「温帯広葉樹林及び亜寒帯落葉低木密生林」に属し、知床と同様、森林と海岸部を包含し、適用された登録基準のうちその自然景観が認められている世界遺産は、ロシア連邦の「カムチャッカの火山群」が挙げられます。

 知床半島の自然景観とカムチャッカ半島とのそれとは、明らかに異なります。「カムチャッカの火山群」の登録範囲は、3,670,000ha((知床の登録範囲の50倍以上の面積)で、そのスケールにはかないませんが、本質は明らかに異なるものです。知床の自然は、海、奇岩、海岸、海食崖、海成段丘、砂丘、岬、半島、火山群、森林、草原、河川、滝、湖沼、植物相、植物群落、湿原、動物相、鳥類相など、その地形、生態系、生物多様性などは、さながら、「自然の博物館」の様で、その景観は、春、夏、秋、冬の四季と同様、変化に富んでいます。

 これらの事に関しては、第29回世界遺産委員会ダーバン会議で、委員国である日本は、その顕著な普遍的価値について、主張すべきではないかと思います。なかでも、日本独特の四季の変化が大きい自然景観が見られることについて、具体例を挙げてみると良いのではないかと思います。

 また、他の委員国(アルゼンチン、中国、コロンビア、エジプト、レバノン、ナイジェリア、オーマン、ポルトガル、ロシア連邦、セントルシア、南アフリカ、イギリス、チリ、ベニン、インド、クウェート、リトアニア、ニュージーランド、オランダ、ノルウェー)から、「知床の自然景観は素晴らしい」というサポートする意見が強ければ、追認される可能性もあります。2005年5月21日に、中国の、あの呉儀副首相が知床を訪問され、その自然環境の素晴らしさや保護管理のあり方などに関心をもたれ満喫されたようです。

 今回、中国も委員国ですが、どの様な発言が中国から飛び出して来るのか、或は、全く発言しないのか、注目されるところです。また、ロシア連邦の対応についても、北方四島の絡みもあり、注目したいと思います。

 この様に、知床の景観を考えた場合、優れた自然の風景地を保護する「自然公園法」だけではなく、「景観法」や「文化財保護法」の考え方で、知床の自然景観や文化的景観を守っていくことが重要です。

 前述した、「知床の番屋と羅臼・氷海のスケソウ漁及びワシ類越冬域」の漁場、漁港、海浜の文化的景観は、文化遺産のカテゴリーです。従って、知床は、その重要な文化的景観の保護措置を図っていけば、将来的には、文化遺産としての価値も認められ、日本初の複合遺産になる可能性を秘めているといえます。

 その為には、知床半島の一体的な景観保護を考えねばなりません。町レベルでも、景観条例が必要です。そういった意味でも、一体的な行政管理が望まれるところです。知床は、網走管内の斜里郡斜里町(人口約13,300人)、根室管内の目梨郡羅臼町(人口約6,700人)の2町が構成自治体です。よそ者の視点では、この2町を中心に周辺自治体も視野に入れて、「知床市」にすれば良いのにと思いますが、実際には、長年の歴史的なこともあるのでしょうか、捩じれ現象が起きているのは、不思議です。

 知床の行政管理システムが、一体化すれば、知床の自然を讃え豊かな恵みに感謝する「知床憲章」、観光や登山で知床を訪れる人々が留意しなければならない「モラル・コード」或は、「カントリー・コード」などによる知床の環境保全の為の啓発活動もより実効性の高いものになるのではないでしょうか。

 知床の景観、環境、そして、知床半島の一体行政について考えてみること、これは、きわめて重要なことです。     古田陽久










 

(参考) 「知床」に関するIUCN評価結果等の概要について  (出所)環境省

1.世界遺産リストへの登録の可否について

○登録の可否に関する勧告は以下の3種類に区分されており、「知床」については、「登録」が勧告されている。
 
IUCNの勧告内容 登録可否に関する勧告の種類
「登録」(inscribe)
  「登録不可」(not to inscribe)
  「再照会」(referral)または「延期」(deferral)




2.IUCNの評価結果

○世界自然遺産の登録基準に照らしたIUCNの評価結果(概要)は以下のとおり。

  「生態系
●知床は、北半球で最も低緯度に位置する季節海氷域であり、季節海氷の形成による影響を大きく受け、特異な生態系の生産性が見られると共に、海洋生態系と陸上生態系の相互関係の顕著な見本である。
 
  「生物多様性
●知床は、多くの海洋性及び陸上性の種にとって特に重要であり、これらの中にはシマフクロウ、シレトコスミレなど多くの希少種が含まれている。
●知床は、多くのサケ科魚類、トドや鯨類などの海棲哺乳類にとって世界的に重要である。
●知床は、世界的に希少な海鳥類の生息地として重要であるとともに、渡り鳥類にとって世界的に重要な地域である。

※尚、わが国から提案していた「自然景観」の登録基準には合致しないとしている。



3.その他の勧告

○上記に加えて、次のような措置について勧告がなされている。

(1)世界遺産登録後に実施することが勧告されている措置

@遺産地域の海域部分の境界線を海岸線1kmから3kmに拡張するための手続が法的に確定した段階で、地図等を世界遺産センターに送付すること。

A世界遺産登録後、2年以内に、海域管理計画の履行の進捗状況と遺産地域の海洋資源の保全効果について評価するための調査団を招くこと。

B2008年までに完成させる海域管理計画の策定を急ぐこと。その中では海域保全の強化方策と海域部分の拡張の可能性を明らかにすること。

Cサケ科魚類へのダムによる影響とその対策に関する戦略を明らかにしたサケ科魚類管理計画を策定すること。

D評価書に示されたその他の課題(観光客の管理や科学的調査などを含む)についても対応すること。

(2)その他
 登録推薦書類の準備に際しての公衆参加や、極めて優れた推薦文書の準備、保全管理の強化を求めたIUCNの勧告への効率的な対応などの過程について高い評価を受けている。







参考文献
世界遺産ガイドー世界遺産条約編ー
世界遺産ガイド −世界遺産の基礎知識−
世界遺産ガイド −図表で見るユネスコの世界遺産編−
世界遺産キーワード事典
世界遺産ガイド −自然景観編−
世界遺産ガイド −文化遺産編−4.文化的景観
世界遺産ガイド −日本編 −2004改訂版
誇れる郷土ガイド −全国47都道府県の誇れる景観編 −
誇れる郷土ガイド −日本の国立公園編 −
誇れる郷土ガイド −北海道・東北編 −














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