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ユネスコの世界遺産委員会(World Heritage
Committee)は,世界遺産条約の第11条に基づき,大火,暴風雨,地震,津波,洪水,地滑り,噴火などの大規模災害,内戦や戦争などの武力紛争,ダムや堤防建設,道路建設,鉱山開発などの開発事業,それに,入植,狩猟,伐採,海洋汚染,大気汚染,水質汚染などの自然環境の悪化による滅失や破壊など深刻な危機にさらされ緊急の救済措置が必要とされる物件を「危機にさらされている世界遺産リスト」(以下 危機遺産リスト)(List
of the World Heritage in Danger)に登録することができます。
危機にさらされている世界遺産リストに登録される場合も,自然遺産,文化遺産のそれぞれに登録基準が設定されています。自然遺産については,危機が顕在化している確認危険(Ascertained
Danger),それに,危機が潜在化している潜在危険(Potential
Danger)のそれぞれに3つの登録基準があります。また,文化遺産については,確認危険,潜在危険それぞれに5つの登録基準があります。
現在,
●エルサレム旧市街と城壁(ヨルダン推薦物件・民族紛争)
●チャン・チャン遺跡地域(ペルー・エルニーニョ現象からの風雨による侵食・崩壊,不法占拠,盗掘)
●ニンバ山厳正自然保護区(ギニア/コートジボワール・鉄鉱山開発,難民流入,森林伐採,不法放牧,河川の汚染)
●アイルとテネレの自然保護区(ニジェール・武力紛争,内戦)
●マナス野生動物保護区(インド・地域紛争,密猟)
●ヴィルンガ国立公園(コンゴ民主共和国・地域紛争,難民流入,密猟)
●ガランバ国立公園(コンゴ民主共和国・密猟,政情不安,森林破壊)
●シミエン国立公園(エチオピア ・密猟,戦乱,農地の拡張,都市開発,人口増加)
●オカピ野生動物保護区(コンゴ民主共和国・武力紛争,森林の伐採,金の採掘,密猟)
●カフジ・ビエガ国立公園
(コンゴ民主共和国 ・密猟,地域紛争,難民流入,過剰伐採に森林破壊,農地開拓,病気感染)
●マノボ・グンダ・サンフロ−リス国立公園(中央アフリカ・密猟)
●サロンガ国立公園(コンゴ民主共和国 ・密猟,住宅建設などの都市化)
●ザビドの歴史都市(イエメン・都市化,劣化,コンクリート建造物の増加)
●ラホールの城塞とシャリマール庭園
(パキスタン・ラホール城の老朽化,都市開発,道路拡張に伴うシャリマール庭園の噴水の破損)
●フィリピンのコルディリェラ山脈の棚田(フィリピン・体系的な監視プログラムや総合管理計画の欠如)
●アブ・ミナ(エジプト・土地改良に伴う水面上昇による溢水)
●ジャムのミナレットと考古学遺跡
(アフガニスタン・長年の戦乱等による損傷や盗掘,川からの浸水,遺跡地域の道路計画)
●バーミヤン盆地の文化的景観と考古学遺跡
(アフガニスタン・崩壊,劣化,略奪,盗掘などの惧れがある為,緊急登録)
●アッシュル(カルア・シルカ)
(イラク・大型ダム建設による水没危険,それに,適切な保護管理措置の欠如の為,緊急登録)
●シルヴァン・シャフ・ハーンの宮殿と乙女の塔がある城塞都市バクー
(アゼルバイジャン・2001年11月25日の大地震による損壊、都市開発,保護政策の欠如)
●コモエ国立公園(コートジボワール・野生動物の密猟,大規模な牧畜,管理不在)
●バムの文化的景観(イラン・2003年12月26日の大地震による損壊等による緊急登録)
●キルワ・キシワーニとソンゴ・ムナラの遺跡(タンザニア・管理体制の欠如)
●コロとその港(ヴェネズエラ・2004年11月〜2005年2月にかけての豪雨による被害)
●ハンバーストーンとサンタ・ラウラの硝石工場(チリ・建物の構造上の脆弱性や最近の地震の衝撃)
●ドレスデンのエルベ渓谷(ドイツ・架橋計画による文化的景観の完全性の喪失)
●コソヴォの中世の記念物群(セルビア・政治的不安定による管理と保存の困難)
●ガラパゴス諸島(エクアドル・外来種の移入、観光客と移住者の増加)
●ニオコロ・コバ国立公園(セネガル・密猟、ダム建設計画)
●サーマッラの考古学都市(イラク・イスラム教の宗派対立)
の30物件が様々な原因や理由により,危機遺産リストに登録されています。
「危機遺産リスト」に登録されると,保全状況の報告が義務づけられます。
危機遺産になっても,その後,保護管理の改善措置が講じられ、危機因子が除去され危機状況から回復した場合には,危機遺産リストから解除されます。
例えば,
●ジュジ国立鳥類保護区(セネガル・保護管理状況/1984年危機遺産登録・1988年解除)
●ンゴロンゴロ保全地域(タンザニア・保護管理状況/1984年危機遺産登録・1989年解除)
●プリトビチェ湖群国立公園(クロアチア・内戦/1991年危機遺産登録・1997年解除)
●ドブロブニク旧市街(クロアチア・内戦/1991年危機遺産登録・1998年解除)
●ヴィエリチカ塩坑(ポーランド・結露/1989年危機遺産登録・1998年解除)
●イグアス国立公園(ブラジル・道路分断/1999年危機遺産登録・2001年解除)
●スレバルナ自然保護区(ブルガリア・堤防建設/1992年危機遺産登録・2003年解除)
●コトルの自然と文化ー歴史地域(ユーゴスラビア連邦共和国・地震/1979年危機遺産登録・2003年解除)
●イエローストン
(アメリカ合衆国・鉱山開発,水質汚染,ゴミなどの観光公害/1995年危機遺産登録・2003年解除)
●アンコール(カンボジア・内戦,浸食,風化,盗掘・2004年解除)
●バフラ城塞(オマーン・脆い日干し煉瓦の為,崩壊,風化の危機の為・2004年解除)
●ルウェンゾリ山地国立公園(ウガンダ・地域紛争・2004年解除)
●トンブクトゥー(マリ 理由 砂漠化による侵食と埋没・2005年解除)
●ブトリント(アルバニア・内戦,略奪・2005年解除)
●サンガイ国立公園(エクアドル・道路建設・2005年解除)
●イシュケウル国立公園(チュニジア・ダム建設,都市化・2006年解除)
●ハンピの建造物群(インド・つり橋建設,道路建設,農地化,自然破壊・2006年解除)
●ジュジ国立鳥類保護区(セネガル・サルビニア・モレスタ(オオサンショウモ)の繁殖・2006年解除)
●ティパサ
(アルジェリア・効果的な管理計画の欠如,粗末な維持,心ない破壊や汚損,都市化の進行・2006年解除)
●ケルン大聖堂(ドイツ・高層ビルの建設による都市景観の完全性の喪失・2006年解除)
●エバーグレーズ国立公園
(アメリカ合衆国・ハリケーン,人口増加,農業開発,水銀や肥料等による水質汚染・2007年解除)
●リオ・プラターノ生物圏保護区(ホンジュラス・入植,農地化,商業地化・2007年解除)
●アボメイの王宮(ベナン ・竜巻,雷雨・2007年解除)
●カトマンズ渓谷(ネパール・無秩序な都市開発による類ない建築デザインの消失・2007年解除)
などです。
しかしながら,何の保護管理措置も講じられず改善の見込みがない場合には,大変不名誉なことですが,「世界遺産リスト」そのものから抹消、削除されることになります。
初めてのケースは、2007年の第31回世界遺産委員会クライスト・チャーチ会議で、オマーンの「アラビアン・オリックス保護区」が「世界遺産リスト」から抹消されたことでした。1978年にエクアドルの「ガラパゴス諸島」などが初めて「世界遺産リスト」に登録された約30年の世界遺産登録史のなかで、初めてのケースとなる「世界遺産リスト」からの抹消です。このことは、オマーンという国にとっても、大変、不名誉なことです。
このことの背景には、世界遺産登録範囲内での炭化水素の採取のことがあげられます。鉱物資源開発をとるか、国際的な絶滅危惧種の保護にあたるかの選択の中で、鉱物資源開発の方が国益が高いと判断したのでしょう。世界遺産条約の約束事を守らなかったことの責任は大きいと思います。
目先の利益よりも世界遺産条約締約国としての信用が失われたことになります。世界遺産条約に違約した場合でも、そのまま、世界遺産条約締約国のままで、いれるのでしょうか?オマーンには、「アラビアン・オリックス保護区」のほかにも、「バフラ城塞」、「バット、アルフトゥムとアルアインの考古学遺跡」、「フランキンセスの地」、「オマーンのアフラジ灌漑施設」の4つの文化遺産が「世界遺産リスト」に登録されています。
世界遺産は,いつも,見えない危険にさらされています。これまでに,話題や議論に昇ったものでは,
●九寨溝(中国・工場からの廃棄物による汚染)
●グレート・バリア・リーフ(オーストラリア・水質汚染)
●カカドゥ国立公園(オーストラリア・ウラン鉱山開発)
●パハールプールの仏教寺院遺跡群(バングラデシュ・劣化)
●ヴェネチアとその潟(イタリア・海面上昇)
●ピリン国立公園(ブルガリア・スキー場開発)
●バイカル湖(ロシア・水質汚染)
●カムチャッカの火山群(ロシア・鉱山開発)
●エルビスカイノの鯨保護区(メキシコ・塩田開発)
●ガラパゴス諸島(エクアドル・外来種の侵入/タンカーの石油流出事故による環境汚染)
●マチュ・ピチュの歴史保護区(ペルー・脆弱地盤)
●アレキパの歴史地区(ペルー・地震)など予備軍は枚挙に暇がありません。
なかでも,地震や風水害などの自然災害は,突然,急激に見舞われます。2002年8月に中東欧を襲った洪水により,ヴルタヴァ川の増水で,カレル橋の閉鎖,旧市街への立ち入り禁止など世界遺産のプラハの歴史地区も深刻な被害に見舞われました。また、2005年12月のスマトラ沖大地震・インド洋大津波では、インドネシアの「スマトラの熱帯雨林遺産」、スリランカの「ゴールの旧市街と城塞」、インドの「マハーバリプラムの建造物群」と「コナーラクの太陽神寺院」も甚大な被害を被りました。
また,世界遺産地に共通する課題として,ツーリズム・プレッシャーの問題があります。オーバーユース(過剰利用)に伴う交通渋滞,自動車の排ガス,ゴミ,し尿などの環境問題,観光客のマナーの問題として,ゴミの投げ捨て,立小便,自生植物の踏み荒らし,禁止場所での喫煙,たき火,釣り,植物採取などの違反行為,また,観光客の増加を当て込んだ新たな施設建設に伴う景観問題などが各地で問題になっています。
世界遺産を取り巻く危険の中で,最も憂慮されるのが,人為的な戦争や紛争,開発行為による貴重な自然環境や文化財の喪失です。2003年の第27回世界遺産委員会パリ会議で緊急登録されたアフガニスタンの「バーミヤン盆地の文化的景観と考古学遺跡」やイラクの「アッシュル(カルア・シルカ)」についてももっと早く救済措置を講じておくべきだったのかもしれません。
バーミヤンの石仏については,1983年12月に開催された第7回世界遺産委員会フィレンツェ会議で,当時のアフガニスタン政府から,The Monuments
of the Barmian Valley(バーミヤン盆地のモニュメント)として,登録推薦がありましたが,世界遺産委員会ビューロー会議が付した,登録遺産の範囲の明確化などの条件を充足してないという理由から審議が見送られた経緯があります。
私たちが住む地球をグローバルに見た場合,世界遺産条約を締約している184か国(2007年10月1日現在)だけが世界そのものではありません。世界遺産条約を締約していない国や地域もまだ15近くあります。
世界遺産であるから救わなければならない,世界遺産ではないから救わなくてもとよいということでは決してないと思います。まず,身近かな自然環境や文化財から見つめ直し,美しい地球環境を保護し,また,先人が残してくれた貴重な歴史文化遺産を保存し,後世へと引き継いでいかなければなりません。
危機遺産対策こそ,ユネスコの世界遺産条約の本旨ではないかと思います。既存の枠組みを越えた地球規模への発想の転換が求められています。
古田 陽久
第3次改訂 2007年10月2日
第2次改訂 2006年1月31日
第1次改訂 2004年8月5日
(参考文献)シンクタンクせとうち総合研究機構 発行
世界遺産ガイド−特集 第29回世界遺産委員会ダーバン会議−
世界遺産ガイド−特集 第28回世界遺産委員会蘇州会議−
世界遺産データ・ブック −2008年版−
世界遺産事典−851全物件プロフィール−2008改訂版
世界遺産キーワード事典
世界遺産ガイドー情報所在源編ー
世界遺産ガイド−世界遺産の基礎知識−
世界遺産フォトス −写真で見るユネスコの世界遺産
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世界遺産フォトス 第2集 −多様な世界遺産
− 世界遺産ガイド −危機遺産編 −2006改訂版
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