世界遺産条約採択40周年に寄せて






 2012年は、1972年にパリで開催された第17回ユネスコ総会において「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」(通称:世界遺産条約)が採択されて40年になる節目の年である。

 世界遺産条約採択40周年を記念して、2012130日、パリのユネスコ本部で式典が開催され、26日から8日までブラジルの世界遺産地オウロ・プレートで開催された諮問会合をスタートに、公式テーマ「世界遺産と持続可能な発展:地域社会の役割」(World Heritage and Sustainable Development: the Role of Communities)に焦点をあてた数多くの会合や行事がブラジル、ノルウェー、南アフリカ、アルジェリア、韓国など世界の30か国で開催されてきた。

 “Sustainable Development”とは、一般的には、「環境と開発に関する世界委員会」(委員長:ブルントラント・ノルウェー首相(当時))が1987年に公表した報告書「Our Common Future」の中心的な考え方として取り上げた概念で、「将来の世代の欲求を満たしつつ、現在の世代の欲求も満足させるような開発」のことを言う。この概念は、環境と開発を互いに反するものではなく共存し得るものとしてとらえ、環境保全を考慮した節度ある開発が重要であるという考えに立つものであるから、ここでは、Developmentは、いわゆる「開発」と訳すよりも、「発展」と訳す方が適訳であろう。

 世界遺産条約採択40周年の節目の年にあたり、改めて、世界遺産条約が「持続可能な発展」に向けて果たすべき貢献のあり方が問われている。世界遺産条約は、「顕著な普遍的価値」(Outstanding Universal Value)を有する自然遺産および文化遺産を人類全体のための世界遺産として、破壊・損傷等の脅威や危険から保護・保存することが重要であるとの観点から、国際的な協力および援助の体制を確立することを理念や目的としている。

 世界遺産は、いつも、あらゆる脅威や危険にさらされている。地震、津波などの自然災害、戦争、紛争、無秩序な開発行為などの人為災害、気候変動による地球の温暖化など地球環境問題などである。1979年、ユーゴスラヴィア(現モンテネグロ)のモンテネグロ沿岸部で起こった大地震で被災した「コトルの自然・文化−歴史地域」が、最初に、「危機にさらされている世界遺産リスト」(略称:危機遺産リスト)に登録された。2012年の第36回世界遺産委員会では、マリの2つの文化遺産「トンブクトゥー」と「アスキアの墓」が、武力勢力による世界遺産の破壊行為によって、危機遺産リストに登録された。「世界遺産の持続可能な発展」の前提条件として、戦争や紛争がない世界の平和が望まれることと不測の自然災害にもリスクを軽減できる予防管理に常日頃から備える国家や地域社会の対応が求められる。

 世界遺産の数も、1982年の世界遺産条約採択10周年の時は、136(自然遺産 33 文化遺産 97  複合遺産 6)、1992年の20周年の時は、378(自然遺産 86 文化遺産 277 複合遺産 15)、2002年の30周年の時は、730(自然遺産 144 文化遺産 563 複合遺産 23)、そして、2012年の40周年では、962(自然遺産 186 文化遺産 745 複合遺産 29)と、近年中には1000に到達する。この間、世界的に「顕著な普遍的価値」を有する自然景観、地形・地質、生態系、生物多様性の多様な自然遺産、遺跡、建造物群、モニュメントなど多様な文化遺産が「世界遺産リスト」に登録された。

 この間、世界遺産委員会も36回開催され、「世界遺産条約履行の為の作業指針」(通称:オペレーショナル・ガイドラインズ)も、改訂されてきた。

 地球と人類の至宝ともいえる世界遺産は、将来の世代に責任をもって継承していくことも、今を生きる私たちの責務でもある。世界遺産は誰が守っていくべきなのか、世界遺産がある世界遺産地を中心とする地域社会の果たすべき役割は大きい。各世界遺産地は、世界遺産登録後の成果と保全管理上の課題、持続可能な利用の取組、地域社会が果たす役割等について、改めて検証し、今後、必要とされる取組等について地域社会との関係をレビューしてみる必要がある。

 10年前の2002年、世界遺産条約採択30周年にあたるこの年、世界遺産委員会は、「世界遺産に関するブダペスト宣言」を採択し、4つの主要な戦略目標「信用性の確保」(Credibility)、「保存活動」(Conservation)、「能力の構築」(Capacity Building)、「意思の疎通」(Communication)を通じて、世界遺産の保存を支援するよう、すべての関係者に呼びかけた。また、官民連繋を促し、幅広い層の機関や個人が世界各地にある世界遺産の保存に貢献できるようにする枠組みの為、「世界遺産パートナー・イニシアティブ」(PACT)が立ち上げられた。また、2007年の世界遺産委員会で、5つ目の戦略目標の「C」として、「コミュニティの活用」(Community)が加えられ、世界遺産の保存活動で地域社会が果たす重要な役割が強調された。

 ユネスコは、世界遺産条約の将来について、201111月の第18回世界遺産条約締約国総会で、次の決議をしている。


 世界遺産の6つの将来目標

 ◎世界遺産の「顕著な普遍的価値」の維持

 ◎信用性のある世界で最も顕著な文化・自然遺産の選定である「世界遺産リスト」

 ◎現在と将来の環境的、社会的、経済的なニーズを考慮した遺産の保護と保全

 ◎世界遺産のブランドの質の維持・向上

 ◎世界遺産委員会の方針と戦略的重要事項の表明

 ◎定例会合での決議事項の周知と効果的な履行


 世界遺産条約履行の為の戦略的行動計画 20122022 

 ◎信用性、代表性、均衡性のある「世界遺産リスト」の為のグローバル戦略の履行と自発的な

  保全への取組みとの連携(PACT)に関するユネスコの外部監査による独立的評価

 ◎世界遺産の人材育成戦略

 ◎災害危険の軽減戦略

 ◎世界遺産地の気候変動のインパクトに関する方針

 ◎下記のテーマに関する専門家グループ会合開催の推奨

  ○世界遺産の保全への取組み

  ○世界遺産条約の委員会等組織での意思決定の手続き

  ○世界遺産委員会での登録可否の検討に先立つ前段プロセスの改善

  ○世界遺産条約における保全と持続可能な発展との関係

 世界遺産条約採択40周年記念最終会合(主催:外務省、文化庁、環境省、林野庁 協力:ユネスコ世界遺産センター)は、2012116日から8日までの3日間、日本の京都市の国立京都国際会館で「世界遺産と持続可能な発展:地域社会の役割」をメイン・テーマに開催され、世界の60か国から600人が参加、開発や観光、防災、地域社会との関わり、人材育成、世界遺産の信頼性など、多角的な視点から議論が交わされた。

 記念講演、世界遺産条約の歴史を振り返り、将来を展望する国際的な議論、地域社会は世界遺産とどのように関わり、どのような役割を果たしていくべきなのかプレゼンテーションが行われ、最終日には、成果文書として、「京都ヴィジョン」が発表された。

 「京都ヴィジョン」には、地域社会が世界遺産の保全などに積極的に関わり、遺産を活用して発展していくことの重要性等が盛り込まれた。

 本書では、世界遺産条約40年の歩み、世界遺産登録のこれまでの推移、直近の第36回世界遺産委員会サンクトペテルブルク会議で新たに「世界遺産リスト」や「危機にさらされている世界遺産リスト」に登録された物件などを特集することにより、次の50周年に向けての世界遺産条約の持続可能な発展の為の道筋を探る手掛かりとしたい。


                                      古田陽久















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